プロジェクト概要

研究概要

現在各地で進展している社会システムのスマート化・DX 化は、エネルギーやモビリティ等に関わる各種インフラの最適化や効率化に資する一方、リアルとバーチャルに跨った人々のコミュニティの貧困化や群衆化(モビズム)を招く危険性も孕んでいる。本プロジェクトは、この危険性を「WE(絆・コミュニティ)問題」と名付け、コミュニティのスマート化に伴うELSIとして同定し、その解決に取り組む。WE問題の背景には、「一人で生きていける人間」という自足的な個人観が、「IT による個人の能力の強化」というDX の謳い文句や、メタバースへのアクセス端末の個人化によって助長され、「WE」の意義や必要性が後景化されているという事態が見て取れる。
本プロジェクトは、自足的な個人観の増悪を避け、リアルとバーチャルなWEの再活性化に資するスマート化の具体策を探索・提案するため、(1)スマート化がコミュニティに及ぼす影響を評価するための汎用的なパラメータ系を開発し、(2)福井県越前市における合意形成実験、小田急沿線における人流滞留実験を通じて、そのパラメータ系とWE問題の解決に資する具体的なスマートツールの実証に取り組み、その上で(3)産官学連携ELSI人材を育成する仕組みを構築する。

研究開発計画

1. コミュニティのスマート化がもたらすELSI的課題の整理と深掘り

体制構築

本項目では、本プロジェクト全体を統括し各次元における議論を有機的に連関させるための体制構築が行われる。具体的には、まず本プロジェクトで雇用する人文系若手研究者の日立京大ラボ常駐体制を確立する。日立京大ラボでは、社会受容性の高い社会システムの在り方といった、地域社会とIT の関わり方に関する研究や、プロジェクト代表者と IT 技術者が、令和3 年度JST/RInCAプロジェクト企画調査「『スマートシティ』の全体論的・個別的ELSIに関する企画調査」を推進してきた。若手研究者はそのプロジェクト企画調査に参画しており、本プロジェクトにおいても引き続き参画するとともに、自らがファシリテーターを務めるバーチャルで恒常的な議論プラットフォームを構築する。このプラットフォームには、全ての参加者が加わり、上記のリアルな全体的会合での議論を補足・敷衍・深化させる態勢を構築する。

コミュニティをスマート化する際のELSI的課題の調査と整理

本項目では研究代表者のスーパーバイズの下、若手研究者が中心となって、「コミュニティ」や「スマート化」のスコープの明確化をしたうえで、「コミュニティのスマート化がもたらすELSI的課題の整理と深堀り」というミッションに関わる、コミュニティ論、西洋近現代人間観・社会観、ディストピア論、東アジアのオールタナティブ人間観・社会観などについての国内外の基本的文献の収集・分析が行われる。その結果は、上記のバーチャルプラットフォームを通じて、随時、全てのプロジェクト参加者に情報提供され、各項目での議論の参照に供される。

オールタナティブ人間観・社会観の構築

上記「文献収集・分析」の結果や、下記項目4「アジアとの対話」でのアジア的視座との相互参照を踏まえ、研究代表者を中心として、「エンハーンスメント」を一つの焦点概念として、西洋近現代人間観・社会観におけるその根深さと広がりを再確認するとともに、それに対するビッグオールタナティブに結実しうる東アジア的人間観・社会観の再現役化を試みる。

アウトプットの社会発信

上記の諸課題を含めた本プロジェクト全体の議論を集約し、HP コンテンテンツや書籍としてまとめ社会への提言を行う。具体的には若手研究者の協力を得つつ研究代表者が編者となり、本プロジェクトの中核的参加者が寄稿する書籍『よりよいスマートコミュニティのために』(仮題)を刊行する。また HP コンテンツや書籍の一部は若手研究者やアジアの研究者の手により英語・中国語としても公表する。

メイキングの記録とコミュニティのスマート化によるWE的価値の向上

若手研究者が責任者となって、各項目にわたるプロジェクトの進展を文字・音声・画像情報として記録し、4次元共創の同時進行ドキュメントとして編集し、プロジェクト終了後にCAPE のHPで公開することで、将来の同様の試みの方法論的モデルを広く社会に発信する。

2. スマート化がコミュニティに及ぼす影響を評価するための汎用的なパラメータ系(Parameter System to Evaluate Smartization of Community: PaSC)の構築

事実・価値パラメータの抽出

コミュニティのスマート化は利便性や安全安心を向上する一方、人と人とのコミュニケーションの減少によって、助け合いの希薄化等のELSI的課題を引き起こす可能性がある。一方、このような課題は、コミュニティごとに程度や項目が異なると想定され、コミュニティ共通の方策で解決することができないと思われる。そこで、①現状のコミュニティの実態と、②スマート化によるELSI的課題への影響を可視化し、コミュニティを分類する。コミュニティの分類には、事実パラメータ(客観指標)と価値パラメータ(普遍的、個別的、倫理的)を用いる。具体的には、文献等から、事実パラメータ、価値パラメータの調査・収集を行い、これらのパラメータを用いて現状のコミュニティをモデル化する。

事実・価値パラメータの関係式の導出

抽出したパラメータのうち、事実パラメータを説明変数、価値パラメータを目的変数、さらにスマート化によって与えられる事実パラメータへの影響を操作変数として、操作変数から説明変数を介して目的変数に至る関係式を設定する。

代表的な都市を例題とした価値向上計算

設定した関係式において、コミュニティのスマート化が価値パラメータに与える影響を評価する。具体的には、まず越前市と小田急沿線の代表都市を例題として、事実パラメータと価値パラメータの一つであるウェルビーイング(総合主観満足度)に関する調査を行い、スマート化操作変数が住民のウェルビーイングに与える影響を評価し、コミュニティにとって望ましいスマート化の在り方を検討する。この評価結果を踏まえ、他の価値パラメータ(持続可能性、WE的倫理、地域創生など)についての評価も実施する。

3. ELSIのフィールドワーク

レジデンスWE(人と人との共棲関係)フィールドワーク(福井県越前市)

バーチャル空間における「無責任な見物者としてのWE」の過剰繁茂と、「責任を持った合意者・行為者としてのWEアクター」の希薄化という現状認識の下、これらの病理現象を治療する効果を持ったバーチャル空間における合意形成ツールの実証実験を行う。言い換えると、単にバーチャル空間における合意形成を促進するのみならず、バーチャルな議論への参加者をリアルな実践へと後押しする合意形成ツールの効果実証を試みる。

モバイルWE(人と人の行きずり的関係構築)フィールドワーク(小田急電鉄)

交通流のスマート化であるMaaSの社会実装や、eコマースの普及によって、人流が効率化・削減化されることに伴い、従来、通勤・通学・旅行・ショッピング等の現場で偶発的・局所的に発生し、結果として人々のウェルビーイング向上にも少なからず貢献してきたと推測される「行きずりの人間関係(モバイルWE)」の貧困化が生じる危険性がある。このような問題意識の下、同様の問題関心を抱き、MaaSの実装とあわせて、あえて沿線に人流滞留装置(路線バスの回転スペースを再利用した店舗兼住宅集合体hocco 等)を設置する計画を進めている小田急電鉄と協力し、その人流滞留装置とMaaS アプリを組み合わせ、モバイルWE の再構築に向けた、それらの効果的な運用方法を探索し、その効果を、上記汎用パラメータ系を参照しつつ、実証する。

4. アジアとの対話

日本一国に限らずアジア一般に対しても有益な高い汎用性を備えた ELSI 研究を遂行するためには、日本以外のアジアにおける研究者や IT 技術者・起業家との協同が不可欠となる。また上記「人間観・社会観のアジア的オールタナティブ」の提案作業において、日本固有のパースペクティブに由来するアジア思想に対する認知バイアスを除去するためにも、アジアの研究者との対話は欠かせない。

展望と独創性

本プロジェクトは次のような展望と独創性を有する。

・スマート化の自己目的化に陥らず、スマート化本来の目標(ウェルビーイング向上)に貢献する。

・アジア的「非自足的個人観」を西洋的価値観と比較しつつ鍛え上げ、オールタナティブな人間観・社会観として提案する。
→ これは西洋的価値観の単純な否定ではなく、異なる人間観・社会観が共存する価値多層型社会を目指すものである。

・人社系研究者、IT・社会インフラ企業、地域住民、自治体からなる四次元共創体制を構築する。
→ これにより、若手ファシリテータの養成、産官学ELSIの仕組みづくりを目指す。
→ 理論と実証の相乗効果を生み出す相互反照的アプローチ。

研究開発実施体制